23:48。
ポケットの中で、鍵が小さく鳴った。
缶のコーヒーは、ぬるい。
それでも手の中に重さがあるだけで、少しだけ今に戻れる。
ビルの屋上。
都市は下で呼吸していて、遠くに東京タワーの赤い光が立っている。
あの赤は、励ましというより、ただそこにある目印みたいだ。
背伸びをした。
伸びた背中に、風が当たる。
涼しい、というより、ひとつだけ許された余白みたいな温度。
この時間、この場所にいるのは、たぶん一人。
「孤独」は嫌いだ。
でも「一人」は、好きだ。
その違いを説明しようとすると、言葉が濁る。
だから今日は、ただそう書いておく。
残業が日課になってから、
頑張ろうと思える日より、
頑張ろうと思えない日のほうが自然になった。
それでも、
思えない気持ちの隙間に、ほんの少しだけ非日常を紛れ込ませる。
屋上に上がる。
風に当たる。
東京タワーを見る。
それだけで、壊れずに戻れる。
戻る、と決める。
日付をまたいだ先に、
新しい自分との約束がある気がして。
デスクのある事務所に戻る。
ドアの向こうは、白い光と、静かな機械音。
誰もいないフロアのどこかで、
複合機が眠っているみたいに唸る。
コーヒーの缶をゴミ箱に落とした。
乾いた音がして、少しだけ気持ちが整う。
今日も、戻れた。
それだけでいい。
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小さな灯:
「頑張れない日」を連れて戻る場所は、どこにある?



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