「整う」という言葉を、
意識して使うようになったわけではなかった。
ただ、
気づけば少しだけ、
息が浅くなっている時間が増えていた。
忙しいわけでもない。
何かに追われているわけでもない。
それでも、
立ち止まることに
小さな抵抗が生まれる感覚があった。
整っているか、
整っていないか。
本当は、
そんな二択で語れるほど
日々は単純じゃない。
少し気が散っている時間。
何かを考えているようで、
何も決まっていない時間。
僕の多くの時間は、
だいたいそのあたりにある。
水無月堂で残している言葉や記録も、
整った状態を目指して
書かれているわけではない。
むしろ、
まだ形になっていない感覚や、
言葉にするには早い気持ちの方が多い。
整う前の、
少し手前。
呼吸が戻りきる前の、
その途中。
何かを始めなくてもいいし、
前向きな答えがなくてもいい。
ただ、
今の自分がどこに立っているのかを
確かめられる時間があれば、
それで十分だと思っている。
整う、という言葉の響きは
どこか完成形のようで、
少し遠く感じることがある。
でも実際は、
整っていない時間の方が
ずっと長い。
水無月堂は、
整う方法を置く場所ではなく、
整うかどうかを
決めなくていい時間を
そっと残しておく場所でありたい。
揺れているままでもいい。
途中のままでもいい。
その状態を、
急いで片付けなくていいと思えること。
それも、
整うということの
一部なのかもしれない。



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